最優秀賞

小谷 香織  明大中野八王子高校3年(神奈川県)


 「約束の海」 

 私のクラスではいじめがある。みんな気づいてるのに誰も止めようとはしない。きっと次に自分がいじめられると思うとこわいんだ。みんな誰かが「あの子と話さないで」と言うとそれに従ってしまう。私だっていじめられるのは正直言ってこわい。でも私はいじめたりしない。意味もなく人を傷つけるひきょう者にはならない。
「わー。ゆり菌、バーリア!!」
 給食の時間、一人の男子が大声を出した。また始まったと思った。大声を出した男子がとなりの男子の肩をドンとたたき、“ゆり菌”をつけるマネをすると走って逃げた。
「げーきたねぇー。」
と言ってたたかれた部分を他の子につけようとする。まわりの子たちは口々に叫び声をあげながら逃げる。
「ゆり菌、給食の中入れないでよー」
と給食係の子が叫ぶとふざけてその子は給食のパンの上で手をはらうマネをする。
「やだぁ。そんなの食べられなぁい。」
 わざとらしく大声を出したのはかなこだ。ゆりちゃんは自分の席でだまって座っている。それをいいことに男子はもっとさわぎ出す。いっつもゆりちゃんはこうやってクラスの笑い者にされる。いじめの中心はかなこだけど、クラスで一人だけ浮いちゃってるゆりちゃんを男子が調子にのってからかうの。どうしていやならいやっていわないのって思う。うつむいてても何にもなんないじゃん。先生が教室に入ってきたとたんさわいでた男子は一気に静かになった。
「まぁ、今日もおいしそうねぇ。」
 先生はにっこり笑顔でパンをほおばる。先生はいじめに気づいてるのかな。もし気づいてるならどうして何にも言わないのかな。この日、女子のほとんどはパンを残した。
 帰校時間、かなことかなこのとなりにいつもくっついてる安藤さんとなおちゃんの三人グループを見かけた。三人の後ろをゆりちゃんはうつむいてついて行ってる。ゆりちゃんは毎日こうやって帰ってく。前の三人は楽しそうにキャーキャーしゃべってる。まるでゆりちゃんがいることなんて気づかないという風に。かなことゆりちゃんは二つ先の駅前の同じ塾に通っている。私たちは六年生だから受験する人としない人とで二通りに分かれる。ほとんどの子は公立の中学に行くけどクラスの子の何人かは受験するみたい。はっきり受験するとはみんな言わないけど。かなことゆりちゃんも受験組だ。私は勉強できないし、うちにはお金もないから私立なんて考えられない。おかげでのんびりできるけど受験する子たちはやっぱりすごく大変みたい。夏期講習の途中、塾で倒れた子もいるって聞いた。
 私たちの住んでる街は海のそばにある。夏にはいっぱい人が私たちの街へ泳ぎにくる。家のまわりに木が多いせいか、夜になるとセミが十ぴきくらいあみ戸にはりついてミンミンうるさくて大変だ。お母さんは空気がじめじめして洗たく物が乾かないとブツブツ言っているけど、魚は新鮮でおいしいし、学校も楽しいから私はこの街が大好き。好きなところはいろいろあるけどやっぱり海が一番好き。私の家から十分くらい歩いたところに海はある。もう秋だから泳いでる人はほとんどいないけど私はよく一人で海を見に行く。堤防に座って海を見ているとお父さんが話しかけてくれてるような気がする。そして何かいやなことがあっても心が落ちついて優しくなれるんだ。
 お父さんはこの海にいる。船に乗ってお仕事をしてたけどずいぶん前に海の事故で死んでしまった。今度船に乗って遠くまで海を見に行こうねって約束したのに。それからお父さんを連れてってしまった海がこわくて憎くてしばらくは海に近よらなかった。お父さんは仕事が忙しくてなかなか遊んでくれなかったけど、私は日に焼けてまっ黒でそして誰よりも優しいお父さんが世界で一番好きだった。
 お母さんは私と弟二人を育てるため昼も夜も働いている。だから弟たちの面倒は私がみなければならない。お母さんもあれほどよく行った海に行かなくなってしまった。でもある日突然、私と弟をさそって海に出かけた。そして、
「ここにお父さんはいるのよ。お父さんみたいに大きくて優しいでしょ。」
と見たこともないようなおだやかな目で私たちに言った。それから、弟たちが言うことをきかなくて泣きたくなったときやテストで悪い点を取ってしまったときなどに海を見にくるようになった。だから私は何があっても大丈夫。
 ガターン!!教室中にひびきわたる大きな音でいすが倒れた。そのいすに座ってたゆりちゃんもひっくり返ったカエルみたいなかっこうで倒れてしまった。その姿を見てクラスのみんなが笑った。
「静かにしなさい!!授業をもっとまじめに受けられないの!!」
と先生はゆりちゃんを大声でしかって、その後吹き出してみんなと一緒にクスクス笑った。でも私は笑わなかった。だって見てたんだもの。後ろの席のかなこが後ろによっかかってたゆりちゃんのいすの脚を思いきりけったのを。ゆりちゃんはまっ赤になって、ごめんなさいと口の中でもごもご言いながらいすを元に戻した。先生に次のページを読みなさいと言われて、あわててページをめくったゆりちゃんの教科書に「死ね」と赤いマジックで大きく書かれてあるのを私ははっきり見た。
 私は家に帰った後、干しておいた洗たく物をとりこんでから夕食の買い物に出かけた。弟たちはランドセルを玄関に置きっぱなしで友達と遊びに行ってしまった。どうして私だけ家のことやんなきゃいけないの? かなこなんて料理運ぶの手伝っただけで時計買ってもらえたって言ってたのに。私はボロボロになった運動ぐつを見てため息をついた。どうして私だけ? でもつかれて帰ってくるお母さんの顔を見たらとてもそんなことは言えなかった。仕方ないんだ……。
 私は今日のおかずは肉じゃがにしようと考えながら授業中のことを思い出していた。あの後ゆりちゃんは赤くなった顔を今度は青くして何度も何度もつかえながら教科書を読んだ。ゆりちゃんどう思っただろう。ひどい、どうしてあんなこと書いたりするの。ショックだったよね。でも、ゆりちゃんもゆりちゃんだよ。あんなことされてだまってるなんてバカみたい。私なら犯人探してあやまらせてやるのに。かなこは授業が終わったら先生に質問に行ってそのままべったりくっついてた。先生もうれしそうにかなこと腕を組んだりしてた。
 目の前の信号が赤に変わってしまったので陸橋を使おうと階段をのぼり始めた。一番上の段までのぼった私はあわててすぐ五段くらいかけおりてしまった。なぜなら陸橋の通路のまん中あたりにゆりちゃんが立っていたからだ。そっとのぞいてみた。様子が少しおかしい。ずっと下を走る車ばかり見ている。まさか……思った瞬間、持っていたスーパーの袋がガサッとなった。ギクッとしたけどゆりちゃんは気づかなかったようだ。私の頭を今日の教科書の文字が駆けまわった。
 「死ね」「死ね」「死ね」……まさか。心臓がドキドキして止まらない。死ぬ気? う、うそ、どうしよう……。と同時にゆりちゃんは陸橋から思いきり体をのりだした。あぶない!!私は頭の中がまっ白になってがむしゃらにかけ寄った。間一髪。ギリギリのところでゆりちゃんの腰をひっつかんだ。すぐ下をトラックがすごい勢いで通り過ぎるところだった。見開かれたゆりちゃんの目が私を見つめる。私はヘナヘナとその場に座り込んだ。じゃがいもが階段をころころ転がって落ちていく。
「な、何やってんのよー。」
 ようやくのことで力なくつぶやいた。
「どうして死なせてくれないの。」
 くちびるをかみしめ、私の方は見ないでゆりちゃんは泣き出した。何も言えなかった。
「私なんか死ねばいいってみんな思ってるんでしょ!!」
 今度はキッと私をにらんだ。初めてまともに見るゆりちゃんの瞳だった。
「私なんて生きてる意味ないんだ。死ねばいいんだ!!」
「何言ってんの!!」
 私は立ち上がって思わずどなった。
「生きてる意味ない人なんていない。死ぬなんて簡単に言わないで! だいたい何よ。いじめられたくらいで。死ぬ勇気があるんならいじめてるやつらにやめてってはっきり言ってやればいいじゃない。」
「いじめられたことないからそんなこと言えるんだよ。」
 ゆりちゃんは押し殺したような声を出した。
「いじめられたことないんでしょ。だから死にたくなる気持ちなんてわからない。」
 なぜだかわからないけど胸の奥がキュッとした。
「でもクラス全員がいじめてるわけじゃないでしょ。」
「いじめているよ。」
「そんなことないよ。私、いじめたことなんてない。」
「いじめてるよ。」
 はっきり言われて私はムキになった。意味もなく人を傷つけるひきょう者にはなるなとお父さんはよく言っていて、私はそれをしっかり守ってきたつもりだったから。
「どうして。何かした? 私はあんないじめずっとやだって思ってた。」
「じゃあ、どうして助けてくれないの? 見てるだけで何も言ってくれないじゃない。いじめてるのと同じだよ。いじめるやつも見てるだけのやつもみんな同じ。共犯者なんだ!!」
 ゆりちゃんは夕暮れの赤い光を浴びて走っていった。私はバカみたいに長い間そこにつっ立っていた。
 私もみんなと一緒にいじめてる……。そんな風に考えたこともなかった。直接いじめなくても相手を傷つけてしまうこともあるなんて知らなかった。私は安全な見物席で正義の味方ぶっていただけなのかもしれない。自分だけは特別みたいに思ってたところ、確かにあった。でも実際は自分がかわりにいじめられるのがこわいだけのひきょう者だった。私は“共犯者”という言葉に強くゆれていた。
 次の日、学校を休むかと思ったけどゆりちゃんの机にはきちんと赤いランドセルが置いてあった。ホッとした。あれから海に行って一人でいっぱい考えてみた。やっぱりひきょう者にはなりたくない。お父さんが教えてくれた。たとえまわりの子がどう言おうと自分がいいと思うことをしなさいって。教室に戻ってきたゆりちゃんは私の顔を見るとちょっとまゆを寄せてから下を向いて通りすぎようとした。でも私はゆりちゃんの肩を軽くたたいて、
「おはよう。」
と明るく言った。おしゃべりしてたクラスの子たちがいっせいに静かになって私たち二人をふり返った。ゆりちゃんは驚いた顔をしたけど、何も言わず席に座ってしまった。みんなの視線を痛いほど感じる。これでいい。私はどうどうとした態度に見えることをいのりながらゆっくり席についた。給食の時間が終わってから、私は教室から出ていこうとするゆりちゃんを呼び止めて校庭にさそった。ゆりちゃんは何も言わずついてきた。プールの前にあるベンチに座って話すことにした。
「先生には言ったの?」
 そうきり出したけど無言のままで目を見ようとしてくれない。
「きのうはごめんね。ひどいこと言っちゃって。いじめくらいとかさ……。私、いじめられたことないからやっぱわかってないんだよね。そういうつらさとかって。でも私の態度でいつの間にかゆりちゃんを傷つけてたんだね。私のお父さん、海で死んじゃってから死ぬってことにびんかんになっちゃってさ、思わず死のうとしたゆりちゃんにいろいろ言っちゃったんだ。」
 そう、お父さんのことがなかったら私はあんな風に言ってなかっただろう。えっ、とゆりちゃんは顔を上げた。とてもきれいな瞳をしていると思った。でもすぐに下を向いてしまった。
「先生には言ったの?」
 もう一度聞いてみた。ゆりちゃんは下を向いたまま小さくうなずいた。肩まであるフワフワのくせっ毛がゆれる。先生に言っていたというのは意外だった。
「それで、どうだった?」
「信じてもらえなかった。」
 ぽつりぽつりと話し出した。
「先生、かなこちゃんがそんなことするはずない、かなこちゃんは明るくていい子だから仲良くできないのは自分のせいだって。よく自分の行動を考え直しなさいって反省文まで書かされちゃった。言うんじゃなかったな。
何されてもだまってる私も確かにいけないんだけど、私暗いし……。」
 ゆりちゃんはくやし涙を浮かべた。私も何だかすごくくやしかった。
「ひどい。どうして信じてくれないの。それに人の性格それぞれじゃない。そんな簡単にかえられない。だまってるからって、そこにつけこんでいじめていいってことはないでしょ」
 かなこと先生が腕を組んで笑い合っている姿が思い浮かんだ。
「お母さんには?」
「言ったけど……。“学校に行け”としか言ってくれなかった。うち、両親仲悪くてそれどころじゃないみたい。いつも受験のことでけんかばっかして……。」
 先生にも親にもたよれないで、一人っきりでどんなに心細かっただろう。これからは私がなやみを聞いてあげよう。こんなにつらかったの今まで気づかなかった。本当にごめんね。私たちが教室にはいるとかなこたちのグループがジロリとにらみつけてきた。
「ねぇー。どうしちゃったの? 突然ゆりなんかと仲良くしちゃって。」
 いつも一緒に帰ってる知ちゃんが心配そうに顔をのぞきこんできた。
「どうしてって……。いいじゃん。あの子ほんとはいい子だよ。」
「そうだとしてもさ……。」
 本当に心配そう。友達思いでさっぱりしたとこもある知ちゃん、大好き。わかってる。かなこたちに目つけられるの。でもね、ここで逃げたら私、本物のダメな人間になっちゃう気がするの。
「かなこってどうしてゆりちゃんのこといじめるんだろうね。」
 さりげなく聞いてみる。まだ心配そうな顔をしてたけど知ちゃんは教えてくれた。
「私さ、塾の友達に聞いたんだけど。」
 あたりを見回して近くに人がいないことを確認すると小さな声で話し出した。
「よくないらしいんだよね、かなこの成績。学校じゃかなこの方が目立ってるけど塾だとゆりの方がぜんぜん成績いいみたい。かなこの家ってお兄さんが東大生だからいい中学入るのがあたり前ってかんじなんだって。すごいプレッシャーなんじゃないの。それも原因だと思うよ。」
「そりゃかわいそうだけど、だからっていじめていい理由にはならないよ!」
 知ちゃんは少し困ったようにうなずいた。
「それにしても何なんだろうね、大人って!! うちの親も最近“勉強しろ”しか言わないよ。あー大人になんかなりたくなぁい!!」
 大人たちは子供のためとか言いながら子供に自分の考えを押しつける。結局それが自分のためだって全く気づかない。私たちだって大人以上にいろいろ考えてるのに。閉じこめられた感情はどこに行けばいいの? このまま大人になったら今と同じような大人になってしまう気がするよ。それなら私だって知ちゃんの言うように大人になんかなりたくない。ずるくて自分勝手な大人になんか……。
 朝、学校につくと昇降口でかなこたちにつかまった。
「どういうつもり?」
 体育倉庫までつれていかれてかなこを中心に囲まれてしまった。
「何であいつなんかと話してんのよ。」
「あいつって誰?」
 私は言い返してやった。それがいけなかったみたい。かなこは顔をまっ赤にして、
「ゆりに決まってんでしょ!!」
とどなった。ここで負けちゃだめって自分に言い聞かせる。
「友達だから」
「友達? あいつと?」
「そう。大切な友達なの。」
 かなこはクックと笑い出した。私が真けんな目でじっと見つめ続けると笑うのをやめた。
「バカじゃないの? そんなことしてどうなるのかわかっての。」
「どうなるのよ。」
「こうなるのよ!!」
 いきなり近くにあったかごからバレーボールを投げつけてきた。他の二人も同じようにボールをあててくる。バンッバンッバンッ! 何十回あてられただろう。体中がヒリヒリする。
 かなこは肩で息をしながら、
「もう二度とゆりと話すんじゃないよ。」
と倉庫から出ていこうとした。私はおちてるボールを拾ってかなこ目がけて思いっきり投げた。ボールはバィン!! といい音をたててかなこの頭に命中した。
「いたぁい!!」
と言って頭をおさえてこっちを見る。他の二人はおおげさに「大丈夫?」「大丈夫?」とおろおろしてみせる。
「いっぺん死んでこい。」  私はそう言うとかなこたちを押しのけて、何もなかったかのように校舎へ入っていった。
「どうしたのっ、これ!!」
 知ちゃんがかけ寄ってきた。よく見ると体中にボールのあとがついててまっ赤にはれているし、服も汚れていた。ゆりも心配そうにこっちを見ている。私は笑顔で、
「おはよう。」
と声をかけた。ゆりちゃんはちっちゃくおじぎをしてすぐ前を向いてしまった。本当は泣きたかった。すごくこわかった。でも必死にこらえた。私は負けたくなかった。しばらくすると保健室に行ったんだろう、かなこは頭に氷をあてて教室に入ってきた。二人はかなこをかばうように立って私をにらみつける。
「何なの? 何があったの。」
 知ちゃんはわけがわからず私とかなこを交互に見比べた。朝の学級会で私はみんなの前で先生にひどくしかられた。いくら説明してもボールのあとをみせても信じてもらえなかった。泣きながら私にいきなりボールを投げつけられたとうったえるかなこの言葉だけが先生にとって真実のようだった。次の休み時間にゆりから手紙をもらった。そこには“私のせいだね。ごめんなさい。もう私には話しかけないで”と書かれていた。ゆりの精一杯の優しさだということがわかった。私はゆりの席にいくと、
「このくらい平気。友達でしょ。」
と笑った。ゆりは始め驚いたような困ったような顔をしていたけど、やがてはずかしそうに笑ってくれた。その日から毎日毎日いじめられた。おかげでゆりへのいじめは減った。私たちはどんどん仲良くなっていった。ゆりは本当はとっても明るくて優しい子だった。少しずつ、笑う数も増えた気がする。泣きそうになってもその笑顔にいつも救われた。大人たちはあてにならない。いじめのつらさはやってる方もまわりもわからないんだ。いじめられてる方しかわからない。いじめられて実感した。だから私たちが何とかしなきゃ。わかってよ。いじめは相手から夢も希望も全部うばってしまうということを。
「海に行こう」
 ゆりをさそった。ゆりと海に行こうと思った。お父さんにも紹介したい。
「でも、今日塾があるから……。」
「そんなのサボリ、サボリっ。」
 困った表情のゆりを強引にひっぱってつれ出した。ランドセルをカタカタならせて私たちは海まで走った。
「わあー、海だぁー。」
 ゆりはランドセルを投げ出して砂浜を走った。私も後を追う。海には誰もいなかった。
「海に来たのなんて何年ぶりだろう。」
「え!?こんなに近いのに?」
「うん、来る時間なかったから。そういえば昔はよく来たな。お母さんとお父さんと私の三人で。帰りにかき氷買ってさ。」
「あの三色できるやつ?」
 おどけたように聞くと
「うん!!」
 うれしそうに答えた。私たちは砂浜ではしゃぎまわった。つかれて、夕焼けがとってもきれいに見える堤防にならんで腰かけた。
「お父さーん!!ゆり連れてきたよー!!」
海に向かって叫んでみる。
「そっか……。お父さん海でなくなったんだよね。」
 私たちは顔を見合わせて少しほほえんだ後、だまりこくってただ海を見つめた。
「海ってすごいよね。」
 ふいにゆりちゃんがつぶやいた。
「海見てると、自分がすごくちっちゃく思えるよ。やなこともぜーんぶ波が持ってってくれるみたい。」
「うん。」
「本当に強いのはかなこちゃんや先生じゃなくって、海みたいに優しい人なのかもね。」
 私たちはまただまった。さざ波の音が聞こえる。
「将来の夢、何て書いた?」
 私は今日の授業参観を思い出していた。“将来の夢”をテーマにみんな作文を書いてきて親たちの前で読んだんだ。私のお母さんもゆりのお母さんも仕事でこれなかった。「大統領になりたい。」と本気で言った子にお母さんたちはクスクスと笑った。かなこは一番最後にあてられて「いい学校に入って、人の役にたつ仕事がしたいです。」とか言ってた。先生もかなこのお母さんも満足そうにうなずいていた。結局最後まで私とゆりはあてられることはなかった。
 ゆりははずかしそうにして言おうかどうか迷っていたけど私が「言っちゃえ!!」とうながすと思い切ったように、
「看護婦さん!!」
と言った。
「看護婦さんてね。すごく大変なんだけどね。患者さんが苦しいときとか一緒になってがんばってあげるの。看護婦さんの笑顔でいっぱいの患者さんが元気になれるんだよ。そういうの、かっこいいなぁって思う……。」
「なれるよ。」
 一生懸命に話すゆりに私はゆっくりと言った。
「なれる。ゆりなら絶対になれるよ。」
「ありがとう……。」
 照れたように笑って「自分は?」とたずね返してきた。
「うーん、これっていうのはまだないんだけどね。自分がどうしてもやりたいって思えることをやりたいな。とりあえず、お父さんと約束した海に大きくなったら行きたいかな。」
「行けるよ。きっと行ける。」
 まっ黒で大きいお父さん。約束した海に連れてってくれないまま死んじゃった。
「きっときれいな所だろうね。」
 まだ私たちは十二才で子供かもしれないけど、いろんなことと必死に戦ってる。大人たちだけが正しいわけじゃない。まわりがどう言ったって、まず自分の心に正直になりたい。だけど人を傷つけてまで自分を通してはいけないんじゃないかな。それはただの“わがまま”だから。そしたらちょっと考えてみて。どんなときだってなんとかなる方法は絶対にあるはず。時には逃げ出して誰かに甘えてもいいんだよ。私はいじめにていこうし続けるよ。いやだってはっきり言ってみせる。一人じゃこわいけどゆりがいるから平気。かなこたちがわかってくれると信じて、それまで戦うんだ……。
「私にも行けるかな、その海に……」
 ゆりがそうつぶやいた。

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